おおすみ法律事務所 鹿屋市の弁護士事務所

法律情報

離婚事由(5)~「強度の精神病」

1 はじめに

教会式の結婚式に出席されたことがあるかと思います。

その際、新郎・新婦は、「その健やかなるときも、病めるときも・・・真心を尽くすことを誓いますか?」と問われ、「誓います!」と答えています。

しかし、民法第770条1項4号は、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」には離婚の訴えを提起することができると定めています。

すなわち、「病めるとき」の離婚を法で認めているのです。

では、ここにいう「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」とはどのような場合を指すのでしょうか。

 

2 「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」とは

(1)「強度の精神病」

「強度の精神病」とは、病気の程度が婚姻の本質的効果である夫婦としての同居協力扶助義務(民法第752条)に違反するほどに重症であることをいいます。

(2)「回復の見込みがないとき」

「回復の見込みがないとき」とは、不治の病であることをいいます。

判例に現れた事例では、“統合失調症”が多いといわれています。

 

3 最高裁判例

最高裁昭和33年年7月25日判決は、上記のような民法第770条1項4号に基づく離婚請求について、次のように判示しています。

「民法七七〇条は、あらたに「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がないとき」を裁判上離婚請求の一事由としたけれども、同条二項は、右の事由があるときでも裁判所は一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却することができる旨を規定しているのであつて、民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかつた一事をもつて直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。」

このように、同最高裁判例は、配偶者である精神病者の生活等について具体的方途を講じる等しなければ、たとえ不治の精神病にかかったとしても、民法第770条1項4号による離婚は認めないとの立場を示しています。

なお、同最高裁判例のいう「具体的方途」とは、現実に精神病者の看護を担当すべき者がいることと、その療養・生活のための費用のねん出が可能であることをさすものと考えられますが、事実上の看護を法律で強制することはほとんど不可能であることから、問題は結局、財産上のものに帰着すると考えられます(山口純夫「民法判例レビュー 家族」判例タイムズ507号117頁参照)。

かかる最高裁判例により、民法第770条1項4号による離婚は、狭き門になったと評することができます。

 

4 学説による批判

上記したような「具体的方途」を要求する最高裁判例の立場には、学説上、強い批判が寄せられています。

その一例を挙げると、病者の療養・生活について具体的方途を講ずべきといっても、そのような手続は、裁判離婚手続上認められておらず、かりに、「その方途の見込み」がついたとしても、それを強制する方法もなく、家庭倫理のあるべき姿を前提として、裁判官の主観的倫理観により、妻の精神病を夫は忍従すべしとされたきらいがあり、原告法の解釈として極めて疑問であるとの批判があります(我妻栄「離婚と裁判手続」民商二五周年記念私法学論集上1頁ほか参照)。

また、このような判例は、原告に不可能を強いるものであるとの批判や(浦本寛雄「精神病離婚」判例タイムズ1100号16頁参照)、このような判例は、多分に精神病を離婚原因とする民法の規定を不当とする思想的背景に立っているとの批判もあります(長谷部模茂吉「精神病にかかった配偶者に対する離婚請求方法」ジュリスト161号32頁参照)。

 

5 上記最高裁判例を前提としつつ、民法第770条1項4号による離婚を認めた最高裁判例

上記のように、最高裁昭和33年年7月25日判決は、民法第770条1項4号による離婚を狭めたものと評価されています。

しかし、かかる判例を前提としつつも、民法第770条1項4号による離婚を認めた最高裁判例もあります。

最後に、この判例(最高裁昭和45年11月24日判決)を紹介しておきたいと思います。

同判例は、次のように論じ、離婚請求を認容しました。

「ところで、Aは、婚姻当初から性格が変つていて異常の行動をし、人嫌いで近所の人ともつきあわず、被上告人の店の従業員とも打ちとけず、店の仕事に無関心で全く協力しなかつたのであり、そして、昭和三二年一二月二一日頃から上告人である実家の許に別居し、そこから入院したが、Aの実家は、被上告人が支出をしなければAの療養費に事欠くような資産状態ではなく、他方、被上告人は、Aのため十分な療養費を支出できる程に生活に余裕はないにもかかわらず、Aの過去の療養費については、昭和四〇年四月五日上告人との間で、Aが発病した昭和三三年四月六日以降の入院料、治療費および雑費として金三〇万円を上告人に分割して支払う旨の示談をし、即日一五万円を支払い、残額をも昭和四一年一月末日までの間に約定どおり全額支払い、上告人においても異議なくこれを受領しており、その将来の療養費については、本訴が第二審に係属してから後裁判所の試みた和解において、自己の資力で可能な範囲の支払をなす意思のあることを表明しており、被上告人とAの間の長女Bは被上告人が出生当時から引き続き養育していることは、原審の適法に確定したところである。そして、これら諸般の事情は、前記判例にいう婚姻関係の廃絶を不相当として離婚の請求を許すべきでないとの離婚障害事由の不存在を意味し、右諸般の事情その他原審の認定した一切の事情を斟酌考慮しても、前示Aの病状にかかわらず、被上告人とAの婚姻の継続を相当と認める場合にはあたらないものというべきであるから、被上告人の民法七七〇条一項四号に基づく離婚の請求を認容した原判決は正当として是認することができる。」

このように、事案によっては、民法第770条1項4号による離婚も認められてはいますが、やはり狭き門であることに変わりはないといえるでしょう。